おかげさまで合名会社丸竹竹林商店は、1905年(明治38年)の創業から100周年を迎えました。
振り返ってみる"我が家の百年"

初代 竹林由次郎

初代竹林商店店舗竹林由次郎は明治7年(1874年)富山県婦負ねい保内村やすうちむら翠尾みすおにて山林と酒醸造業を営んでいた竹林市兵衛の四男として生まれた。 その妻となる若林サトは明治15年(1882年)富山県婦負郡保内村翠尾で醤油醸造を営んでいた若林市治の三女として生まれた。

結婚後二人は大阪に出て資金を蓄え、明治37年函館の富山県出身者をたよりに来函し明治38年現在地で開業し酒類・食品・雑貨などを商った。 当初は函館近郊地域まで行商し、帰路はそこで産される農作物を買い取り荷車に積んでそれを店頭販売した。 店は繁盛し次第に人手も必要になり奉公人も置くようになる。初代由次郎・サト夫妻は創業者として店の基盤作りに良く働いた。 由次郎は起業家タイプらしく行動的でベンチャー精神旺盛で数々の事業を手がけた。五稜郭公園の内堀で鯉の養殖を試みたのもその一例である。 函館西本願寺西別院の世話役、地域活動、町内会長などでも積極的に活動した。

※創業時代の出来事
【世界】 日露戦争勃発
【日本】 与謝野晶子が"君死にたもうことなかれ"(日露戦争に
出征した弟を思いやった歌)を発表
【函館】 函館駅が開業、小樽−函館間の鉄道が開通し函館本線が
全面開通したことにより函館は道南の拠点としていっそう賑わいを増した

二代目 竹林知明

二代目 バス旅行出発時の様子1943年初代由次郎の死去により竹林知明・八重枝が継承。 竹林知明は富山県婦負郡八尾やつお町翠尾の田中家四代目田中甚五郎の次男に生まれ18歳の時来函。 竹林商店に奉職し、後に初代由次郎・サトの長女の八重枝と結婚。家業の基礎作りに務める。 商圏も函館とその近郊の松前、福島、瀬棚、青森県下北地方方面に卸業務販路拡大に努める。 戦争後の配給券制の物資不足で苦労したが、混乱の中、千葉県野田市キノエネ醤油、金沢市月宗醤油、 佐渡市サドイチ味噌、仙台市上仙醤油、極洋捕鯨の水産物缶詰、静岡市ヤマジョウ水上茶舗他を特約販売した。 我が国の高度経済成長時代の前兆を迎え業績も堅調であった。 二代目知明は函館商工会議所議員を務め、地域商興会初代会長を務め商店街整備発展に尽力した。

※二代目時代の出来事
【世界】 真珠湾攻撃・太平洋戦争勃発
【日本】 広島・長崎に原子爆弾投下、終戦、湯川秀樹ノーベル賞受賞
【函館】 函館空襲、北洋漁業再開、15号台風、洞爺丸沈没

三代目 竹林朔三

1956年二代目知明の死去により竹林朔三・純代が継承。三代目竹林朔三は店の経営改革を考え卸業務を別会社として分離し、 1961年酒類たばこ食料品小売部門を法人化し合名会社丸竹竹林商店とした。店の立地が国道5号線に面しており交通量も多く、 また後背地の中央埠頭、万代埠頭が整備され合同港湾庁舎も落成、税関が移転入したことにより大型外航船舶の出入港が多くなり、 店の酒類食料品たばこなどの船舶納入業務が増大した。 1979年日本専売公社(JTの前身)のA種輸出会社に認定され外航船向免税たばこ卸業務を行うようになる(国産たばこ)。函館港で一社であった。1993年外国たばこラークなどの製造メーカーフィリップ・モリス社の函館港で一社の特約店となり外国輸入たばこの外航船舶納入卸業務を行うようになる。北洋漁業さけ・ます漁再開を受け業務は急拡大する。

吟醸 菜の花の沖その一方店頭販売業務の活性化を図り店舗住宅を新築し、その中核的戦略として日本全国の希少日本酒の取り扱いで酒類部門の独自性・専門性を高めた。新潟県石本酒造・新潟県丸山酒造・新潟県八海醸造・新潟県宮尾酒造・富山県立山酒造・石川県菊姫合資会社・岐阜県三千盛・岩手県菊の司酒造・青森県西田酒造店などの特約店となり、 折からの地酒ブーム・日本酒ブームの順風を受けて函館における独自性の強い酒小売店の一角となる。その業務は日本国内の個人向け宅配物流システムの発達を活用し繁盛を博した。

1995年(平成5年)奉職する三代目の長男智則が国民的作家・司馬遼太郎氏の熱心な愛読者であったことからその献策を入れ、かねてからの課題であった地域に根ざした店独自のオリジナル・ブランド酒の企画を司馬氏に申し入れたところ快諾を受ける。酒名は「菜の花の沖」。函館を根拠地とし後に日露間の外交問題を解決に導いた豪商高田屋嘉兵衛の波乱に満ちた生涯を描いた司馬氏の同名小説からつけた。岩手県盛岡市の菊の司酒造株式会社に生産を依頼。翌1996年7月から販売を始める。

※現在までの出来事
【世界】 ソ連ガカーリン人類初の宇宙飛行
ケネディ大統領暗殺
アポロ11号人類初の月面着陸
アメリカ同時多発テロ
【日本】 神武景気はじまる
高度経済成長
東京オリンピック開催
東海道新幹線開通
【函館】 函館空港完成
青函トンネル開通

2005年1月、100年のあいだ多くのお客様に有形無形のご支援お引き立てを賜わりましたことを
心から感謝しこれからもご信頼にお答えするために品揃えの充実とサービスの向上を目指して参ります。

波絶え間なく、夢果てしなく。

私どもはお客様のご支援ご鞭撻のもと21世紀にチャレンジ致します。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

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